2025年6月23日(月)

古希バックパッカー海外放浪記

2025年6月15日

軍事政権時代のペロン党員行方不明問題に対する解釈

 行方不明(desaparecidos)問題は上述のようにアルゼンチン各地で左派勢力の“政府糾弾材料”として喧伝されている。当初筆者にはこんな深刻な組織的人権侵害の究明運動がなぜ国民的支持を得ないのか不可解であった。

 3月3日。チリ最南端のマゼラン海峡に接する街プンタ・アレナス。アルゼンチン最南端に位置し、南極へのゲートウェイの街ウシュワイヤで、電設工事会社を営む50歳の男性。彼は半世紀前の軍政時代、行方不明者3万人という数字には証拠資料がないし、被害者側からの証明が不十分(non documentado)と疑念を呈した。数千人かも知れないし、あるいは数百人かもしれないという学者もいると。

 ペロン党員やペロン主義者(ペロニスタ)などの左派は、一般国民に呼びかけて政治問題にしようとしているが、政府からの補償金・賠償金という金銭的見返りを得るのが本音と批判。この運動は単なる政治的パガンダであると一蹴した。

『3万人の同志が行方不明、それは虐殺だ』。ブエノスアイレスの下町の壁に描かれた事実究明と処罰を求めるスローガン

 3月24日。メンドーサのホステルで同宿した、32歳の警察官マウロも“軍政時代のペロ二スタ3万人殺害”は、左翼の捏造であると批判した。ミレイ政権の政策に対して現実的かつ具体的対案がない左翼勢力は、半世紀も昔の誰にも立証しようのない出来事を、政治問題化しようとしていると断言。

 筆者は南米帰国後に1997年中央公論発行<世界の歴史18>「ラテンアメリカ文明の興亡」の一節を読んで“左翼の運動がなぜ国民的賛同を得ないのか”という疑問に対する解答を得たと思った。以下引用させて頂く(一部省略、書き換え):

『1976年~79年にアルゼンチン軍部が都市ゲリラを相手にした対抗テロ……都市にはゲリラのシンパや支援者もいる。諜報により特定できても逮捕して公開裁判で有罪にするだけの時間と証拠がない。軍・警察が上層部の暗黙の了解を得て民間自警団と協力し容疑者を拉致して秘密裏に殺害して処分した……軍政後の今日(1997年時点)軍部は国家的必要性に迫られた緊急避難的措置だったと政治決着を求めている……失踪者の親族は厳正な司法的処罰を求める……文民政府は板挟みとなって対応に苦慮している』

 上記論考から、都市騒擾による社会不安で政権を奪取しようとする、ごく少数の過激左派ゲリラのテロを鎮圧するための軍事政権による緊急避難的対応であったのだろうと想像した。

 フィリピンの前大統領ドゥテルテ時代の、超法規的麻薬犯罪撲滅キャンペーンを思い出した。ちなみにフィリピンのドゥテルテ前大統領は、人権侵害行為で国際司法裁判所に勾留されたが、フィリピンの世論調査では現在でも90%を超える支持率を誇っている。

医療・教育・治安は予算削減の対象外、ミレイ大統領のバランス感覚

 アルゼンチンで長年続いて来た左派ポピュリズム、ペロン党の看板政策は、公的医療無償、公教育無償、警察・軍隊を含む公務員厚遇であった。筆者はミレイ政権がこうした分野の予算にも、当然大鉈を振るったものと想像していたが人々の話を聞いて驚いた。

 3月9日。チリのパタゴニア地方の中心都市プエルト・モントのホステルの女主人エリー49歳。エリーは12歳の末っ子の進路について本人が弁護士(abogado)志望なので、外国人でも、学費全額免除のアルゼンチンの国立大学の法学部に留学させるつもりだと語った。エリーによると、アルゼンチンの国立大学は、ラテンアメリカ諸国からの留学生が多いのは当然として、欧米の貧しい留学生にも人気なのだという。ちなみにチリの国立大学は最低でも年間500万ペソ(≒約70万円)なので授業料の高い名門大学の法学部へ進学させるのは、不可能と嘆いた。いずれにせよ筆者はミレイ政権下でも、公教育完全無償が継続されていることに驚いた。

 筆者が後日(5月下旬)見つけたネット・ニュースによると、ミレイ政権は外国人留学生への学費免除については見直しを検討しているとの。けだし当然であろう。

 3月23日。メンドーサ市中央病院を訪問。公的医療は外国人も含めて完全無償と聞いたので、真偽のほどを確認したかった。日曜日にも関わらず急診外来には入口で数十人が列を作って順番待ちをしていた。

 受付でパスポートを提示して来意を告げると、初診の患者の受診科を決めるベテラン看護師を紹介された。彼女によると、病院の運営は予算も含めてミレイ政権になってもなんら変更はないという。筆者が痩せて顔色が悪く病人に見えたらしく血液検査、レントゲンなどメディカル・チェックをするべきと、親切心から勧めてくれた。外国人でもパスポート記載事項を登録すれば、検査費用・診断費用・薬代全て無償なので、心配するなと再三繰り返した。筆者が貧相な身なりをしているので気を遣ったのだろう。もちろん丁重に辞退したが、いずれにせよ外国人ですら完全無償が確認できた。

メンドーサ中央病院の本棟。平日の駐車場はいつも満車となり、駐車待ちの車が中央病院の裏手の街路に延々並ぶ

 3月24日。上記の若手警察官マウロに警察官の待遇を聞いて驚いた。警察官は危険な仕事だが、職員保険が無償で付保されており、怪我しても休業補償され、万が一命を落としても扶養家族に生活費(年金のようなものらしい)が支給されるという。さらに警察官の引退後の年金は現役時代の80%と聞いてあまりの厚遇にさらに驚愕した。

 マウロによると、ミレイ政権は警察・公立病院・公教育の予算は、ペロン党政権時代のまま維持していると。社会の安定に不可欠という、ミレイ大統領の政治的判断とのこと。マウロによるとミレイ政権が国民から50%~55%という高い支持率を得ているのは、大胆な改革を断行しながらも、治安・医療・教育という最低限必要な社会インフラを守っているからだと解説した。

以上 次回に続く

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